呪い代行って知ってるか?

呪い殺したいやつがいる

呪いは忍び寄る影

休職期間中も月に何度かは会社に出社する必要があった。向うとすれば早く会社を辞めてほしいっていうことでカウンセリングっていう詰問だった。俺は会社の入り口に立つだけで、Aの存在を感じるだけで胃の中がかき乱されるような痛みが襲い、吐き気と頭痛で足が動かなくなったが、自分の命を捨てたあの日の事を思い出して、俺が死ぬ前にAと刺し違えなければという覚悟と理念めいたものが俺の鉛のような足を一歩ずつ一歩ずつ前にじわりじわりと引き出していった。

Aとは直接会うことはなかったら、以前まで勤めていた自分の部署の同僚たちは俺に好意的だった。Aがいなければこの人たちだって俺と同じようにAに利用されて使い捨てられる存在なんだ、俺の今の姿を自分たちの未来に照らし合わせていたのかもしれない。 多くの人は俺の体調を気遣って、復帰はいつか、などと聞いてきた。俺自身復帰する気があるのかどうかわからなかったが、それをいうのも野暮だと思ったから、まだ時間がかかりそうだってそうお茶を濁したり。

あるとき、同僚の一人がAさんも最近様子がおかしい、なんていだした。Aがおかしいのはいつものことだろう、と思ったが、Aが最近、死ぬ夢をいつも見る、というらしい。なんでも、首を絞められる、とかナイフでさされる、とか車でひかれる、とか・・・。 俺が毎日夢見たいたあの状況にと同じではないか。 俺は生唾を飲み込みながら、仕事のストレスでしょうね、とその場を後にしながらAの心境を想像した。 もしかしたら俺が毎日夢見ていた、あれがAにも何かのストレスを与えられるのだろうか。

思い続けることが呪いになる

俺が毎日死ねと願っていたこと、それは呪いに値するのではないか、そう考えるようになったきっかけはとあるテレビの霊能力者が言っていた「思いは念となる」という言葉だった。 俺には当たり前だか霊能力や霊感、呪いに関する知識や、もっと言えば呪ってやる!という気持ちすらなかった。

ただAが苦しめばいいのに!死ねばいいのに!こうやって死ね!と毎日莫大な時間がある部屋で想像を広げていただけだから。 それが霊能力者がいう思いが念となって呪いとなっていたか、Aがストレスを感じ始めていたのが偶然かもしれないが、俺の思いがAを妨げ始めていたのなら、これほど滑稽はものはなかった。

だってそうだろう。俺がAに本気で死んでほしいと願っているのはAが俺をここまで理不尽に追いつけたせいなんだから。これは俺のせいじゃない。むしろAに因果応報があるだろう。 俺はもっと呪いについて勉強したいと思って、ネットで呪いについて調べはじめた。 呪いについての歴史や種類、中にはかけ方なんて言うのを紹介しているサイトもあった。藁人形がどうのとか。俺が知りたかったのはもっと呪いの本質的なもの、相手を憎い!とどれほど思えば相手にどれほどの害を与えられるものなのかを知りたかったんだ。

それでたどり着いたのが鬼をモチーフにした呪鬼〇(以下Jとする)という呪いを研究しているサイトだった。あえて伏字にしておくが、呪いを研究している鬼をモチーフにしている団体、といえば一つしかないと思うし、気になる人は「呪い代行」で検索したらすぐに出てくると思う。

Jは呪いを研究しながら呪いを人に代わって掛ける呪い代行という業を行っているそうだ。まるで漫画じゃないか、そう以前の俺なら思ったことだろうが、今はAという憎むべき相手を前に必死に夜な夜な死ねと願っているのだ、このサイトが提唱する一言一句に説得力を感じていた。

霊能力者が言うようにJも人は願うことでその力を生み出すことができると提唱していた。 人間誰もが呪う力を持っていて、呪術師ならその力の媒体となってその人が願う呪いを叶えさせるのだろうだ。 本当だろうか。俺は興味本位で電話をかけてみた。 ある日の夜中、一時を回っていたと思う。24時間無料で相談可能とあったが、さすがに非常識であったか、コール音を聞きながら俺はそんなことを考えていた。数度のコール後、切ろうとした瞬間、相手の声が聞こえた。 「こんばんは。どうかされましたか。」相手の男性はとても落ち着いたきれいな声をしていた。

「いや、あの・・・」滑稽だが、こちらから電話をかけながら、言うべき言葉を用意していなかったのだ。 「何かお悩みがあればお伺いしますよ」男性はさらに落ち着いた声で俺の心を見透かしたように優しく問いかけてきた。 「実は今・・・」俺は今の現状をたどたどしく、ポツリポツリと説明を始めた。

会社でうまくいかない。Aという上司の存在。鬱で自殺を考えている。Aを殺したい。自分でAが死ぬことを想像しながら毎日生きている。 男性は俺の言う言葉、きっと支離滅裂だった部分もあったと思う、なにせ俺の元カノがどうだとか、いつも行ってた居酒屋がどうだとか、関係ない話までしてしまったから。

それでも最後まで何も言うわけでもなく聞いてくれた。一時間くらい話してしまっただろうか、正確には俺が一人でグダグダと話してただけだったのだが、俺は最終的な段階に入ってしまった。Aを殺したいと思う。 Aを呪いで殺すことは可能なのだろうか、と。 男性は「あなたが苦しみぬいてきたことはよくわかりました。そして現在も呪いの言葉をAに向け続けて呪いの存在を信じ始めていることはよいことだと思います。あなたなら呪殺依頼に参加する資格があると考えます。」 呪殺の依頼?それは一体何だんだ。 男性が言うには、人を呪いで殺すことは可能であり、考えられている以上にそれは簡単でかなりの可能性を秘めているのだろうだ。 だが、それゆえに悪用を禁じていて、Jでは呪殺の依頼を受ける前に本当にその呪殺を受けるべきかどうかをこうして聞き取りを行っているそうだ。

J曰く、誰もかれもが一度は誰かの死を願うものです。しかし実際に誰かの死を前にしたときの後悔は思いの範疇を超える壮大なものです。あなた自身がその後悔で自分の命を絶つことすらあるのです。 我々はあなたたち依頼者の幸せを願っているのです。依頼を受けて呪い殺しを実行したからそれで終わり、ということではありません。あなた自身の将来を考えて呪殺を受けるかどうか決めます。 あなたのお話よく伺ったところ、あなたはすでに呪いの道に入っていると考えられます。

もしもあなたがこのままご自身で呪いをかけ続けたなら、あなた自身へその呪いが返ってくることもあるでしょう。 それならば我々に依頼された方が良いと思います。 俺は依頼することをこの時決めたのだろう。